ここまで凄いとは!貴方のお気に入りセレブ達の純資産額は?
セレブ達が裕福で有名人であると私たちは皆思うもの。レッドカーペットを歩く姿や、彼らのソーシャルメディアを見ればどれだけ裕福であるのかはあからさまであるが、実際の彼らの純資産額がどのくらいであるのかご存知であろうか?
数々のトーナメントを勝ち抜いて来た、広告パートナーを数多く持つテニスプレイヤーのマリア・シャラポワのことは皆よく知っているはず、では実際に彼女がどれだけの資産を持っているかと聞かれたら?これからお見せするリストをみて、超有名なセレブがどれ程の純資産を手にしているか、聞いてびっくりするに違いない。
ドリー・パートン -5億ドル
カントリーミュージックの女王、は長いキャリアを通して人気の衰えを見せる事なく稼ぎ続けている。パートンは1967年に発売されたデビューアルバム 「ハロー・アイム・ドリー」 でミュージックシーンに飛び込んできた。トップチャートを維持しつずける傍ら、彼女は多数のサイドビジネスを通してさらに資産を増やして来た。
パートンは作曲家として、ホイットニー・ヒューストンのヒット曲、「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」を生み出した天才である。それだけではない、彼女は自身のレコードレーベル、Dolly Recordsも経営する。彼女の純資産額は5億ドル、2016年だけでもその内の1900万ドルを儲けた。
ジョン・ スチュワート -8000万ドル
政治を背景にした人気トークショーのホストは、30年以上のキャリアを通して地道に数百万ドルという資産を手に入れた。スチュワートは漫才や他のお笑い番組のライターとして貢献し収入を増やしてきた。そしてついに、1993年に放送開始されたMTV の番組、「ザ・ジョン・ スチュワート」 のホストを務め一気に人気を獲得した。
それ以来、彼は様々な番組でホストを務めるが、その中でも一番知られているのは、「ザ・デイリー・ショー」であろう。2015年に彼は、ライターとしての道を進む為、「ザ・デイリー・ショー」を降りると発表し世間を驚かせた。その決断は上手くいったのか、彼の資産が枯渇してしまうことは当分の間はなさそうだ。
サイモン・コーウェル -550万ドル
サイモン・コーウェルは自身の音楽をリリースしたわけではない、しかし彼は才能のあるアーティストを発掘し、彼らののプロデュースやマネージメントを手がけて来た。まだ若い頃の彼と契約したアーティスト中には、イギリスのボーイバンド、ウェストライフなどがいる。
そして彼は「アメリカンアイドル」や「ザ・エックス・ファクター」 という番組の審査員としての道を迷わず選んだ。荒々しい態度の審査員として知られるなか、コーウェルは出演したあらゆるシンガーと共に、彼のその天才的な戦略方法で両者それぞれのキャリアに追い風をおくり、多額の財産を手にした。イル・ディーヴォ, レオナ・ルイス, フィフス・ハーモニー, そしてワン・ダイレクションなどといったアーティストをマネージメントするということは、とても利益率の高い仕事である。
スティーブン・コルベア -4500万ドル
この人もまた人気の高いテレビ番組のホストの一人、コルベアは多数の賞を受賞しており、それは彼の資産額を見て貰えばわかる筈だ。彼は9回、エミーズを受賞し、グラミー とピーボディーズではそれぞれ2度ずつ受賞、さらに4500万ドルという収入を得た。コメディやトーク番組のホストになる前に、コルベアは俳優として活動していた。
スティーヴ・カレルの元で演技団の一員として下積みを重ねるも、俳優として成功しなかった為、「サタデー・ナイト・ライブ」や「ザ・デイリー・ショー」といった番組のライターとしてのキャリアに切り替える。そうこうしているうちにいつの間にか「ザ・デイリー・ショー」に自身が出演 することになったのです。その後の展開はお分かりいただけますよね。
ジュディー・ シェインドリン -4億ドル
ジュディー裁判官は、法廷での整然と裁く彼女の姿勢で注目を浴び、年々財産を増やしてきた。彼女は法学士の資格をもつれっきとした裁判官である。シェインドリンのキャリアは、マンハッタンの家庭裁判所からスタートしたが、1996年にテレビ番組で新たなスタートを切ることになった。その年に始まって以来、彼女の番組はデイタイムで最も視聴率の高い番組の一つとなり、4,700万ドルという高額をシェインドリンは毎年儲けた。
彼女の廷吏でもまた、1シーズン100万ドルの収入を得ているという。どうやってそんなに儲けているのだろうか?それはプロダクションにお金を掛けず、260話のエピソードを50日くらいで収録してしまうからだ。
ボブ・バーカー -7000万ドル
今では引退しているが、ボブ・バーカーはかつて、お昼番組で大金を稼いだ。バーカーは、自身の後々の人生を考え、50年に渡って手にした財産を上手に扱うお陰で、今になっても彼の資産はかなりのものである。
彼は、ゲームショーの顔として知られ、出演していた,「「ザ ・ファミリー・ゲーム」、「ザ ・サイモン・セッズ」、「ザッツ・マイライフ」そしてもちろんあの番組、「ザ・プライス・イズ・ライト」などから多くの収入を得ていた。エミー賞では19回も受賞し、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに彼の金星が埋め込まれた。彼のレガシーと7000万ドルという財産は、彼の夜を暖かく包んでくれているに違いない。
エレン・デジェネレス -4億ドル
皆がよく知っているエレン・デジェネレスは、テレビのお昼番組での彼女の姿だが、その前から彼女には、それなりのキャリアがあった事を忘れないで欲しい。80年代に漫才師としてスタートをきった彼女の元に、「エレン」という番組を持つという絶好の機会がやって来る。
彼女が純資産額4億ドルというまでに達したのは、彼女の番組が始まってからの事だ。番組を持つと同時に4冊の本を書き、レコード会社、プロダクション会社、更にはライフスタイルブランドに至るまでの経営もしている。デジェネレスは、愉快で親切、そして寛大であるという姿勢が良い結果に繋がるという事の良いお手本を私達に見せてくれる。
ビヨンセ -3億5500万ドル
クィーン・ベイの業界経歴は長く、それは彼女の資産額を見れば分かる。デスティニーズ・チャイルドの活動後、ソロ活動で成功を収めたビアンセは、一生お金に困る事のない十分な財産を手に入れた。そのせいなのか、彼女はとんでもない買い物をなんでもないかの様にするのだろう。
ベイが数百万ドルする大豪邸を好み、かなりの高額なビューティートリートメントや超豪華なバカンスに行くのはよく知られている。また彼女は、気前のいいプレゼントをするのもお得意で旦那であるジェイ・Zにプライベートジェット、車、数百万するローレックスなど、他にも色々な物ををプレゼントしてきた。そして忘れてはならないのが、彼女がルーブル美術館を貸し切理にした事があるのだ。
ジェリー・スプリンガー -7500万ドル
政治でのキャリアが落ち目になると、スプリンガーは政治記者とコメンテーターへと転職した。彼の放送スキルは自然体で上手であった事もあり、 「ジェリー・スプリンガー・ショー」という自分の番組を持つ事になる。トーク番組として成り立っていた面影はもう無く、今ではかなりきわどい系のドラマ仕立てなエピソードの番組となってしまった。
カイリー・ジェンナー-10億ドル
カイリー・ジェンナーは常に脚光を浴びてきた。E!のリアリティ番組「キーピング・アップ・ウィズ・ザ・カーダシアンズ」がオンエアされた時、彼女はまだ10歳だった。21歳になった彼女は今も相変わらずのままで、自力で成功を得た世界で最年少の億万長者となった。
彼女の純資産額は、大人気のメーキャップライン、カイリー・コスメティックス(KYLIE COSMETICS)のお陰であろう。2018年だけでも9%収入額が上昇し、役3億6000万ドルにもなった。この会社は9億ドルの価値があ流と言われており、全てジェンナーが手にしている。そんな彼女の利益の高いビジネス(それと彼女のその他の事業)で儲けた金額を加えると、純資産額は10億ドルにもなる。
ジェイ・Z -9億ドル
これらの全てが、ジェイ・Zの音楽での売り上げをうわまっている。9億ドルという純資産額を持つ彼の事を、音楽雑誌「ローリングストーン」は、アメリカの最も裕福なミュージシャンと名ずけ、経済史「フォーブス」ではセレブの資産額ランキングで5位となった。
レオナルド・ディカプリオ-2億4500万ドル
そう、オスカーもついに受賞した、しかし資産額が2億4500万ドルというレオナルド・ディカプリオには、それはそんなに大したことでは無かったのだろう。まだ若しディカプリオのキャリアはシットコム、「愉快なシーバー家」(Growing Pains)で始まった。ギルバート・グレイプを演じた役では、初めてオスカーにノミネートされる。そして1997年に公開された映画「タイタニック」で世界的な人気を手に入れた彼に、それまでの作品はあまり彼のキャリアを築く様な作品でも無かった。
その後ディカプリオは、次々に興行面で大当たりをしている。彼はハリウッドで、結婚をした事のない最も価値の高い独身俳優であり、2億4500万ドルという彼の純資産は彼以外の誰のものでもないのである。
リチャード・ギア-1億ドル
ハリウッドでここ最近あまり目にしないリチャード・ギアではあるが、90年代の彼はれっきとした大スターであった。ギアは映画「アメリカン・ジゴロ」で注目を浴び、ハリウッドのセックスシンボルとなる。そんな彼のイメージは20年近く及び、1999年に雑誌「ピープル」で健在する最もセクシーな俳優に選ばれた。
見た目が良いだけで1億ドルは稼げない。90年代のロマンチックコメディーのキングでならばの話である。彼は「プリティ・ブライド」、「プリティー・ウーマン」、そして「ドクターT &ウーマン」などの作品を経て名声、財産を手にし、ロマンチックコメディーの歴史的アイコンとなったのだ。
バーバラ・ウォルターズ -1億5000万ドル
女性として全国で初めて夜のニュースのアンカーを務めた彼女は、ジャーナリズムの業界に新しい風を起こしその地位を手にした。長いキャリアを積んできたバーバラ・ウォルターズはセレブ、政治家、そして世界のリーダー達を相手に、最も注目されるインタビューを行ってきた。
自力でここまでやってこれた訳ではない。ウォルターはとても裕福な家庭に産まれた。彼女の父親はラスベガスにあるトロピカーナホテル、そしてカジノのエンタテインメントのディレクターをしていたが、彼のギャンブルでのお金使いは荒く、それを見て育ったバーバラは、お金というものを大切に、慎重に扱う様になった。
オプラ・ウィンフリー-25億ドル
オプラが触った全てものはゴールドになってしまうみたいなもので、彼女の純資産額が物凄くても、そんなには驚かされない。彼女は、国内のアフリカン系アメリカ人の中で最も裕福な人としてランキングされ、黒人女性で初めての億万長者となった。
裕福でない生い立ちの経験がある彼女は、お金を大切にし、その使い方には慎重である。彼女の投資は主に世界中のあちこちに不動産を購入し、新しいビジネスを始め、そしてそこからの利益をチャリティーに寄付する。現在オプラは自身の健康を重視した生活を送っているが、彼女のテレビネットワークとテレビ番組の再放送から、今でもまだ多くの収入を得ている。
ロビン・ウィリアムズ-1億ドル
残念なことにあのコメディアンの方はもうこの世にいませんが、もし彼がまだ生きてたとしたらその資産額はかなりのものだっただろう。デビューした頃はマイムや漫才などをしていたが、いつの間にか皆に好かれる俳優となっていた。初めてのシリーズ番組「モーク&ミンディ」で一躍有名になった。
それからウィリアムズは、コメディもシリアスな役も両方やるようになる。「ミセス・ダウト」から「いまを生きる」、そして「アラジン」では声優として精霊の役をこなすなど、幅広いジャンルの役をこなせる役者であるという事を私たちは見せつけられた。
マイケル・ フェルプス -5500万ドル
もしあなたが史上最も賞賛された水泳選手が、スポンサーから沢山の収入を得たと思っているとしたら、オリンピックで歴史的に賞賛されたその人はとどうだと思いますかあ?フェルプスは2000年に行われたシドニーオリンピックでキャリアをスタートし、認定はされたものの勝利を得ることはできませんでした。しかし時が過ぎた2016年のリオでのオリンピックでは、161カ国よりもたくさんメダルを持ち帰ったのだ。
合計28個のメダルと共に、フェルプスは広告会社と交渉を始める。ナイキ、スピード、あとはケロッグなどの会社は何百万をスポンサーとして選手に支払った数ある中のいくつかに過ぎない。2009年に、彼が大麻を吸っているところを動画に撮られ、いくつかのスポンサーを失うも、あまり彼の資産額に影響はなかったようだ。
マリア・シャラポワ-1億9500万ドル
プロテニスのグランドスラムを保ちつずけている10人の一人として、このロシア出身の彼女は今まで見た事のないほどの素晴らしい選手だ。2001年にプロとなったシャラポワは、賞金や裏書で彼女のほとんどの財産を儲け、2004年には、モトローラ、ティファニー、ナイキ、ゲーターレード、そしてトロピカーナなどの会社と契約を結んだ。
シャラポワは彼女のルックスの良さを生かして沢山のキャンペーンのモデルとして使用されるも、2016年にドラッグテストに引っかかり、15ヶ月の間女子のテニスの世界から離れざるを得なくなってしまった。しかしながら、それが彼女の純資産額への影響にはあまりならなかったようだ。
スティーブ・ハーヴィ-1億ドル
ウェストバージニア州に生まれたハーヴィは、漫才師をめざすもなかなか成功せず、何年もホームレスとして生活していた。その後転機が訪れアポロ劇場で司会者の仕事をすることになった。そんな彼の成功から「スティーブ・ハーヴィショー」や「クイズ 100人に聞きました」などいくつものテレビ番組を持つようになりました。
あれだけの多くの経験というものが、ハーヴィのお金を儲ける秘訣なのかもしれません、かと言って彼がいつもパーフェクトであるわけではありませんでした。2016年のミスユニバースページェントとの勝者の名を呼び間違えたことは忘れられない出来事です。皆が彼に批判を浴びせている間も、おそらく彼は、自らの資産が増えていく状況に微笑みを浮かべて居たに違いません。
コービー・ブライアント-3億7000万ドル
もう引退をした彼だがコービー・ブライアントはNBAで活動していた時代にすでにかなりの資産を手に入れた。その元バスケットボールのプロ選手は、バスケ好きの家庭に育ったというのもラッキーだったに違いない。ブライアントの父ジョーも元NBAのプレーヤーで、その良くできた息子には大ひいきであった。
ブライアントはバスケットボールのプロ選手として、何百万ドルという契約を結んだが、彼の資産の大半は契約したブランドからのビジネス収入である。ナイキ、スポルディング、そしてコカコーラからいくつもの裏書きも受けた。引退後の収入源は自らのスポーツブランド、コービーIncである。
デイヴィッド・レターマン -4億ドル
アイコニックなテレビ番組の司会者といったら、ジョニー・カーソンやジャック・パー並んでデイヴィッド・レターマンを思うだろう。レターマンは1982から今まで、立派なキャリアを積んできた。「レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン」や「レイトショー」は合計6080のエピソードにも及び、TVガイドのランキングではテレビ番組のスーパースター50人の一人に選ばれた。
2015年にレターマンはテレビからの引退を発表する。彼の4億ドルという資産額は、今ネットフリックスで放送されているシリーズ、彼のプロダクションのスタジオによる番組「レイトレイトショー」や「エブリバディ・ラブズ・レイモンド」の再放送のお陰で年々上昇している。
タイラ・バンクス-9000万ドル
スーパーモデルとしてキャリアをスタートさせたタイラ・バンクスは、そのルックスの良さを片手に、マルチメディアの帝国を築き上げた。ファッション業界で大御所のナオミ・キャンベルやジゼル・ブンチェンが活躍する中で、自分のしっくり来る場所に地位を見い出す事が出来るまでに苦戦した。
バンクスは今でも続いているシリーズ「 America's Next Top Model」という番組を制作し、2003年まで役者の仕事をこなす。そして2年後、自らのトーク番組で司会を始めた。それ以来彼女は音楽、コスメ、自筆、そしてそれ以外にもビジネスを広げていった。地道に努力してきたモデルとして、雑誌「タイム」は、彼女は今もなお、最も影響力のある人物と名ずけた。
ジョン・マッデン-2億ドル
元フットボールコーチやスポーツキャスターのレジェンドと呼ばれたその人は、今では引退しているものの、その収入にスローダウンは見られない。マッデンはオークランドのライダースのコーチとしてスーパーボールで勝利を得た後、NFLスポーツキャストのカラーコメンテイターとなった。彼はCBS、Fox, ABC,そしてNBCで1979年から2009年の間カラーコメンテイターを務めた。
フットボールでのキャリアからの収入は、ビデオゲームからの収入に比べるとさほど及ばない。マッデンこそが「マッデンNFL」というゲームのその名の通り、名前、声、そしてパーソナリティーの背景となっているのだ。
シャナイア・トゥエイン -3億5000万ドル
彼女はカナダ人であるが、カントリーシンガーとしてアメリカで大層儲けている。トゥエインは十代の頃から音楽業界で活動している。セルフタイトルで出したデビューアルバムはまずまずの売上だったが、そのあとの二枚目が彼女を有名にし、何百万と稼ぐアーティストにさせたのだった。
90年代にデビューを果たした彼女は、「フィール・ライク・ア・ウーマン」や「ハニー・アイム・ホーム」などのヒット曲を出し多額の財産を手に入れた。トゥエインは今でも新曲をリリースしツアーを続けることで3億5000万ドルという資産を確保している。
シモーネ・バイルス-240万ドル
オリンピックで私たちのハートを掴んだ小柄な体操選手は、まだ20代であるのも関わらず、すでに240万ドルという資産を所有している。なぜ体操選手がそんなにも収入を得ることができるのか?まあそれは、アメリカでは、注目を浴びた選手にはブランドというものが飛びついてくるという事だ。
19歳になった時、彼女はオリンピックと世界チャンピオンを合わせるとすでに18個ものメダルを獲得していた。2016年にはケロッグ、プロクター&ギャンブル、ユナイテッド航空、ハーシーズ、そしてビーツバイ・ドレーなどからのスポンサーを得るなど、彼女の財産はこれからどうなっていくのかなど想像してもしきれない。
ジョージ·ストレイト -3億ドル
彼のカントリーへの貢献を通して、最もベストセラーを出すアーティスト、そして国内ベストセラーのランキングでは第12位である。音楽活動以外に、彼はテキーラのブランドからの裏書きや他のビジネスでも収入を得ている。
ガース・ブルックス-2億8000万ドル
考えて見て欲しい、このカントリーミュージックのレジェンドは2015年だけでも7000万ドルを儲け、純資産金額が2億8000ドルであるというのは分かる気がする。今日において、ブルックスは世界でもっとも稼ぎの多いカントリーシンガーと言われている。
もう引退してゆっくりしても何不自由なく今後生活していけるが、ブルックスはまだリタイアなどする気はない様だ。2014年から2017年の間、彼は復活ツアーで世界中を回った。ツアー後は、新しいシングルを出し、しかも新たにスタジアムツアーをすると公表した。このまま、彼の資産は増え続けるていくに違いない。
フィリップ・マクグロウ-4億ドル
フィリップ・マクグロウは彼の心理学の学位がまさか100万ドルのキャリアに結びつくとは思ってもいなかったであろう。それは、オプラとのある運命的な出会いで全てが変わったのだ。番組「ドクター・フィル」は2002に放送され始めてからずっと今でも続いている。
マクグロウは彼のショーに対して色々と批判されてきたが、番組での収入額は微笑ましいものである。2017年だけでも、7900万ドルのサラリーをお持ち帰りした。彼の名声や財産は「外でけりをつけてやるよ!どうよ?」と番組で暴言を吐いて注目を浴びた少女ダニエル・ブレゴリなど、何人もの予想しなかったゲスト達をスターにした。
デイル・アーンハート・ジュニア-4億ドル
アーンハート・ジュニアはプロのレースカードライバーが何人もいる家系の出身であるが、その中でも彼が最も収入の多プロドライバーである。約20年というキャリアを持つ彼は、たくさんのキャッシュを賞金として手に入れたが、彼のほとんどの収入は、実を言うと車の広告で儲けたものだ。
大きな大会の時などに、彼の車に宣伝として名を乗せるには100万ドルする事もある。アーンハート・ジュニアの商品のセールスも彼の多額の資産額に関係している、しかも他のドライバーの商品の売上より25%も上回っているのだ。今ではほとんど引退したようなものだが、NBCのナスカーのアナリストとして今でも多額の収益を得ている。
デレク・ジーター -1億8500万ドル
かつて、20年というキャリアを持つ、ニューヨークヤンキースのデレク・ジーターは2億6500万ドルという資産を手に入れた。それにはMLBのトッププレイヤーとして受け取った裏書きの数々は含まれていない。ナイキのジョーダンのブランドやゲーターレードは彼に、それぞれスポンサーシップとして数百万円を支払った。その他には、ローリング、スタイナースポーツ、モバド、そしてエイボンなどもパートナーである。
こんなに儲けてと思うだろうが、ジーターが2017年に自身でマイアミ・マーリンズのフランチャイズを購入しようとした時、その資金は足らずであった。彼はジェブ"・ブッシュと手を組みマリーンズに投資をする。今でも彼は、野球クラブを持っていると言えるくらいに裕福である。
チェルシー・ハンドラー-4000万ドル
この女性コメディアンにできない事などあるのだろうか?彼女は2007年にテレビ番組「チェルシー・レイトリー」がきっかけでよくお目にかかる司会者となった。番組が一躍ヒットしたのも、ユーチューブにショートクリップを投稿したことでフォロアーが増えたからである。
ハンドラーのテレビの仕事での収入額は、著者としての収入に比べると大したことがない。2005年以降、彼女は様々なものを主題とした彼女のユーモアを含んだ5冊もの本を書いた。5冊のうちの4冊がニューヨークタイムズのベストセラーのナンバーワンに輝き、そのうちの3冊がテレビのシリーズ番組になったのだ。
ジョニー・デップ -2億ドル
80年代の番組、21ジャンプストリートで有名になったジョニー・デップ は、そんな彼のちょっとワルな感じをチャーミングポイントにしてこの世の女性を虜にした。彼の資産額が着々と増え続けたのは、彼がティム・バートンのミューズであったからで「パイレーツ・オブ・カリビアン」でキャプテン・ジャック・スパロウの役を演じてからである。
2016年、彼の純資産額は4億ドルであったのだが、前妻アンバー・ハードに対するDV事件で彼は訴えられ、その資産額はおよそ半分にまで減少してしまった 訴訟された事でデップのキャリアにはあまり悪い影響は与えられてないようだが、彼の財布には痛いところだ。
ロバート・デ・ニーロ-3億ドル
デ・ニーロは歴史上最もアイコニックな映画に主演した事などからハリウッドに彼の帝国を作り上げた。彼の役は「ゴッドファーザー2」でヴィト・コルレオーネという役を演じ彼の役者としての地位と彼の財産の両方を手に入れるだけでなく、「タクシードライバー」や「ケープフィアー」などの映画の出演に結びついた。
凄いと思うのは、今の彼の莫大な資産というのは、レストランNobuへの投資、そしてトライベッカエンタープライズのお陰である。1994年に設立されたNobuは2023年までには10億ドルの収入をあげると言われており、トライベッカ映画祭では何百万ドルが毎年デ・ニーロに支払われる。
サンドラ・ブロック -2億ドル
彼女はあまり目立つ方ではないが、ハリウッドの女優としての資産額ではトップ20に入る。30年というれっきとした経歴を持つ彼女は財産を築き上げ、2014年には経済誌「フォーブス」のリストで最も稼ぐ女優にランキングされた。「デンジャラスビューティー」、「ブラインドサイド」、「ゼロ・グラビティ」、「オーシャン8」、あと「バードボックス」などのおかげで彼女は贅沢な人生を手に入れた。
ブロックは19の作品を作った自身のプロダクション会社「フォーティスフィルム」も経営している。彼女はお金を儲けた分、世にその富を分かち合うということも忘れる事なく、台風ハービーによる被害の救助資金として100万ドルをレッドクロスに寄付した。
キャリー・アンダーウッド-8500万ドル
彼女が2005年にアメリカンアイドルのオーディションに足を踏み入れてからというもの、そこにいた全ての人がキャリー・アンダーウッドがスターになるであろうと予測した。シーズンで優勝した彼女のヒット曲の連なるデビューアルバムは、カントリーだけでなくポップミュージックのファンからも人気を得た。
今までに、アンダーウッドは6500万枚のアルバムの売り上げをを世界中で突破した。彼女の成功は、「カントリー・ミュージック・アワード」で12回受賞し、「グランド・オール・オープリー」のメンバーとなりグラミーも7回受賞した。彼女は、これまでの「アメリカンアイドル」の優勝者の中でスターの座、そして多額の資産も手に入れた最も成功したミュージシャンとして知られている。
ドクター・ドレー -8億3000万ドル
音楽業界でジェイ・Zと肩を並べる事ができるのはドクター・ドレーであろう。ミュージシャンの彼はN.W.A.のプロデューサー、そしてパフォーマーとしてスタートを切った。そしてついに彼は、ソロアーティストになり自身の音学に専念して成功しようと決意する。彼は、「アフターマス・エンターテインメント」を設立し、エミネムや50セントなどと契約を結んだ。
音楽以外でも、ドクター・ドレーは 「Beats By Dre」のヘッドフォンで大儲けをした。彼はアップル社に32億ドルという契約上そのヘッドフォンの技術を売り、今現在ビーツ社の4分の1を所有している彼の収入はとどまることを知りません。
マット・グレイニング-5億ドル
マット・グレイニングという名前は普段はあまり耳にしませんが、彼のクリエイティブな番組は毎晩のお茶の間でもおなじみでしょう。グレイニングは「ザ・シンプソン」や「フューチャラマ」といったヒット作の元を作った人物で、特に「ザ・シンプソン」のヒットで彼が高額の収入を得たのはおわかりでしょう。
この漫画は、アメリカ史上最も長い間続いているプライムタイムのテレビ番組である。「ザ・シンプソン」はエミー賞を受賞しハリウッド・ウォーク・オブ・フェームで栄誉を称えて彼の記念プレートも埋め込まれた。漫画のキャラを描く仕事がハリウッドのエーリストの人達よりも財産を持つことになるとは、誰に予測できたであろうか。
マライア・キャリー-5億2000万ドル
世界で最も売れているシンガーとして、マライア・キャリーは彼女の持つパワフルな歌唱力で多額の財産を手に入れた。1991年にコロンビアレコードと契約を交わし、デビューアルバムはその年の売り上げナンバーワンの1500万枚を突破した。
それ以来、彼女はヒット曲をリリースしてきた。1994年に発売された彼女の曲、「クリスマスに欲しいのはあなただけ」は、その曲だけの売り上げで6000万ドルが彼女の手に渡った。それ以来、キャリーは高額なレコード契約を交わし、ラスベガスの常設公演を行ったり、「アメリカンアイドル」の審査員も務めるなどして活躍している。
ジミー・バフェット -5億5000万ドル
おそらく殆んどの人がジミー・バフェットはどこかのビーチでマルガリータを飲みながら無駄使いでもしているのではと思ってしまうかもしれないが、そんなことは全くない。昔のようにリラックスした毎日を過ごすわけでもなく、今の彼はビジネスマンである。音楽のキャリアを通して儲けはしたが、彼のほとんどの資産ははマルガリータヴィルとチーズバーガー・イン・パラダイス・レストランからの収入である。
レストランのオーナーであるだけでは物足りない。シンガーは、ビールの会社を立ち上げたり、カジノをオープンしたり、10億ドルの投資を老人介護施設に行ったり、ブロードウェイのミュージカルの作曲なども手掛けている。。
ボノ- 7億ドル
このアイルランドのバンド、U2のフロントマンは、上手くスケジュールのプランされたツアー、そしてスマートな投資などをして7億ドルという資産を手にした。1976年からバンドのリーダーをし、U2は22ものグラミー賞を受賞した。彼らのコンサートのトータル平均収入は210万ドルというもの!とはいえ、ボノの財産の多くは2.3%のシェアを持つフェイスブックから入ってくるものだ。
ボノにとって、お金持ちであるという事だけで人から勘違いを受けることもあった。2007年、母国アイルランドで税金をきちんと払っていないと批判の声を浴び、自分の稼ぎの95%は海外からのものだと主張するも、それは皆には納得できない言い訳でしかない様だ。